ハマっ子アイデンティティ⚓🚢
横浜で生まれ育った人は、出身をたずねられたら、神奈川とは言わずに「横浜」と言う。
横浜市歌から考える
ハマっ子アイデンティティ⚓🚢
横浜で生まれ育った人は、出身をたずねられたら、神奈川とは言わずに「横浜」と言う。
そんな話をよく耳にする。
実際に横浜で生まれ育った私も「横浜です」と言っていたが、この話を聞いてから一時期「神奈川です」って言うようにしていたことがある。別にウソをついているわけではないのに、誰に対してどんな気をつかっているのか。「横浜」だと胸を張って言ったっていいじゃないか。
「この横浜にまさるあらめや」
6月2日は横浜開港記念日で、横浜市立の学校は一斉休校だった。小・中学校と実家から歩いて通える横浜市立の学校に通っていた私は、9年間ずっと6月2日が休みだった。土日と重ならなければ、自分たちだけが休みの特別な1日となり、いつもより混雑していないテーマパークへ遊びに行くことも。みんな同じようなことを考えるために、クラスメイトと遭遇するなんて話もあった。県立高校に進学してからは、6月2日が休みじゃなくなり、開港記念日のことを知らない隣の市で生まれ育った友だちも多かった。そうしてやがて開港記念日への意識が薄れていったが、忘れることはなかった。自分のなかにある【ハマっ子】の意識は、いつのころから芽生えていたのか。そしてオトナになった今もやっぱり横浜が好きだと思うこの気持ちは、この先も持ち続けるだろうという妙な確信がある。
開港記念日の前には、学校で横浜の開港についての歴史を学ぶ。横浜が古くから現在にわたり世界との玄関口を担い続けており、今も変わらず海が広がり船を望めること、そしてその場所に実際に足を運べることが、歴史として刻まれた事実の実感を強めた。1800年代の話なんて、私にとっては〈教科書の話〉で、全然実感できない過去の遠い話でしかないことが多いのに、横浜の開港の歴史だけは身近な〈じぶんたちの話〉として理解することができたのだった。
今でも忘れないのは、そんな歴史の勉強(確かビデオや横浜の歴史の教科書が社会科の教科書とは別にあった)と一緒に必ず歌を歌っていたこと。
その歌こそが『横浜市歌』である。
初めて歌ったときからかれこれ20年以上が経っているのに、今でも歌詞を見ずして1番から3番までの全てを歌うことができる。私にとっては、校歌が2つあるような感覚に近い。どうやら横浜育ちの86%が歌えるらしいという調査結果もあり、私の親世代でも歌える人が多くいる。小学生のころに、伯母と一緒に歌ったこともあった。
歌詞には、昔はちらほらと船が停まるくらいだったのに、今やたくさんの船が行き交い、果てなく栄えんばかりの世界に誇れる港になった様子が、これでもかと言わんばかりにこめられている。
「この横浜にまさるあらめや」
横浜にまさる港はないのだという。
小学校のときの恩師が、難しい言葉の並ぶ歌詞の意味を説明してくれたことをよく覚えている。ハマっ子としての自覚と小さな誇りは、ここから根づいていくことになったのではないかと、20年の時を経て思う。
開港記念日にまつわるこうした一連の習わしは、横浜の公立学校にに古くから脈々と受け継がれてきている文化のひとつなのだった。
横浜に対する愛着や、ハマっ子としてのアイデンティティのようなものにかんして「シビックプライド」というキーワードを手がかりに、少し考えてみることにした。シビックプライドについて、伊藤〔2008〕は以下のように述べている。
市民が都市に対してもつ誇りや愛着をシビックプライド(civic pride)と言うが、日本語の郷土愛とは少々ニュアンスが異なり、自分はこの都市を構成する一員でここをより良い場所にするために関わっている意識を伴う。つまり、ある種の当事者意識に基づく自負心と言える
私の横浜に対する思いは、郷土愛と呼べるような純粋さも、シビックプライドほどの自負心もない。もう少しさっぱりしていて、そこまで大したものではないのだけれど、確実に自分のアイデンティティに根づいている何かがある。「都市のコミュニケーションポイントマップ〔伊藤・紫牟田 2008〕」に定められた指標のなかに、私の考える『横浜市歌』を位置づけてみると以下のようになった。

「都市のコミュニケーションポイントマップ〔伊藤・紫牟田 2008〕」をもとにおこなった筆者の考える横浜市歌の位置づけ
海・そして港は横浜のシンボルであり、その誇らしさを歌詞でストレートに表現している横浜市歌は、このまちの魅力、誇り、情景までをも濃密に凝縮させたメディアのひとつとなっている。私はこの歌をつうじて、見違えるほどに栄えていったという横浜の港の歴史を、子どもながらに理解するきっかけとなった。ハマっ子の自覚とアイデンティティは、開港記念日を過ごすたび、知らず知らずのうちに自らのなかに根づき、時間をかけて醸成されていった。〈ハマっ子だったら歌える〉というローカルネタを持っていることが、ささやかな帰属意識のようなものをを少しずつ強めていく。
学校の先生からすれば、〈歌うこと〉を教室でのひとつのアクティビティとしてとらえることができるだろうし、人それぞれ立場や環境によってメディアとのかかわり方や感じ方が異なるのは、ごく自然なことだ。同じ人であっても、年齢を重ねるにつれてかかわる人びとや考え方も変化し、それらとともに、都市とのコミュニケーションポイントも移り変わりうるし、関係性も更新していく。進学や結婚、転勤などでまちを離れたり、UターンやIターンで移り住んだりすることもそうした更新点と言えるだろう。都市とのかかわりは、生まれ育った場所のみに限られることではない。移動をくり返していくことの多い私たちは、その場にとどまることも含め、自らの生活とともに、都市とのかかわりを持つことになる。生まれた場所や育った場所、現在住んでいる場所、それぞれに対してどのようにかかわりを持ち、何を感じるかは人それぞれであり、ライフステージによっても異なる。先ほどの位置づけも、〈2020年の私〉が考えるものであって、この先変化していく可能性も大いにあると思う。

山下公園から遠目に見る大さん橋に停泊中の飛鳥(2020.7.12 ©Ayako Moribe)
横浜市歌のことをあれこれ調べていたら、検索結果からとある小学校の学校だよりのPDFにたどり着いた。タイトルの下に書いてあった校長先生の名前を見ると、それはまぎれもなく小学4年生のときの担任だった。実家近くのスーパーでばったり会って以来、おそらくかれこれ10年以上会っておらず、校長先生になられたことも知らなかった。横浜市立高校に通うようになった先生の息子が、横浜市歌を歌っている話とともに、今の小学生もこのやたらと難しい歌詞をテンポのよいメロディーにのせて、開港記念日の前に歌っている様子が先生のことばで綴られていた。
私もかつて先生と一緒に横浜市歌を歌っていたひとりだ。当時も、クラスの日常が描き出された学級だよりがまめに発行されていたことを思い出した。私のことを覚えてくれているかはわからないが、久しぶりに手紙でも書いてみようかと思い立ち、実家で過去の年賀状をあさった。先生の名前の書かれた年賀状が何枚か出てきたうちの、最新のものは
「宛て先に尋ねどころありません」
とスタンプが押されていた。差し出して戻ってきてしまった1通だった。
なんだかついさっきまで、先生をものすごく近くに感じていたのに、一気に目の前に壁が立ちはだかってしまったようだった。Zoomなどのビデオチャットを使えば、家にいながらにして友だちの顔を見られるのが、ごくあたりまえになってきていたここ最近の生活。そうしたデジタルの便利さに埋もれた自分が、アナログの世界へとまたたく間に引き戻された気がした。
直接会ったり、言葉を伝えたりすることができなくても、元気そうな様子ががわかったから、それだけでもよかった。
『横浜市歌』がつなげてくれた、この夏のささやかな再会に感謝したい。
暑中お見舞い申し上げます。
● 参考文献
伊藤香織・紫牟田伸子(監修), 2008 『シビックプライド―都市のコミュニケーションをデザインする』, 宣伝会議
横浜市歌が歌える市民ってどれくらいいる?(2020年6月4日アクセス)
https://hamarepo.com/story.php?page_no=1&story_id=320
ブックリスト「読んで知る横浜市歌」(2020年6月4日アクセス)https://www.city.yokohama.lg.jp/kurashi/kyodo-manabi/library/shiru/shikalist2.html
横浜市歌について(2020年6月4日アクセス)
https://www.city.yokohama.lg.jp/city-info/yokohamashi/gaiyo/shika/sika.html(2020年6月4日アクセス)
【この横浜に優るあらめや】横浜市歌の歌詞の意味を解説!(2020年6月4日アクセス)
https://honda-n2.com/yokohamashika
「横浜市歌に寄せて」 学校長 岡野真由美, 『輝け日野の子』横浜市立日野小学校学校だより,2019年6月号(2020年6月4日アクセス)
https://www.edu.city.yokohama.lg.jp/sch/es/hino/pdf/gakko1906.pdf 메타데이터
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