メディアアート実践最終課題作品「truth」
・何を問うているか?
メディアアート実践最終課題作品「TRUTH」
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作品について
本作品は、トリミング機能やAIによる学習機能を用いて作られた写真を散りばめた「新聞」をモチーフとした動画作品である。何気なく掲載されている写真が順に姿を変えていく様子を通じて「本当」や「真実」はどこにありどのようなものなのか、を問う。
以下は作品内で使用された画像である。
左は一番最初の画像。右は変化後の画像。
1.子供と女性兵士(トリミング)

笑顔の子どもたちを見つめていたのは当時子どもたちの国のもとへと派遣されたアメリカ軍の女性兵士だった。
2.消えるホームレス(RunwayMLによる機械学習で人物消去)

私達は普段見たくないものを自然と自らの視界のフレームの外に追いやってはいないだろうか。端末の画面に夢中になって目の前の問題を見逃してはいないだろうか。
3.補完される花(RunwayMLによる機械学習で虫食いを補完)

私達は完璧な美しさを信じすぎてはいないか。
デジタル空間で構築された幻想をみてはいないか。
4.公害と浄化(RunwayMLによる機械学習で煙を消去)

技術の発展と引き換えに生じる問題がある。
都合の良い部分を見がちな日常。
5.消える少年(RunwayMLによる機械学習で2つの画像を掛け合わせ)

画面を通じて見えなくなっているものはないか。
左のポスター内の ❛BENEFITS❜ は「本当」か。
「作品を3つの視点から考える」
ここからは今回制作した作品「TRUTH」について2020年度SFC「メディアアート実践」の授業内で用いた作品レビューにおける3つの観点から考えてみたい。観点は以下の通りである。
1. 作品は何を問うているか?
2. 常識をどのような面で覆しているか
3. なぜそのメディアを使ったのか?
本作品の問い (1. 作品は何を問うているか?)
メディアは意識的か否かに関わらず事実をそのままに伝えるわけではなく、様々な面から情報の一部分を切り取る性質を持つ。今日、テレビや新聞やニュースアプリなどあらゆるメディアが、偏向という観点で問題視されている現状がある。
また、そうした情報の偏りや選別はニュースキュレーションなどを始めとする「個人への最適化」の進行により、メディアだけにとどまらず個人という単位でも行われている。しかし、このようなメディアの個人への最適化は、私達が自分たちにとって都合よく世界を見ることを招いてはいないだろうか。
これまで私達人間は、より多くの知識を得て共有するために新聞・カメラ・スマートフォン等を始めとするあらゆるメディアを用いてきた。今日私達はデジタル空間における解像度を向上させることに勤しんでいる。私達は使用する媒体の解像度が上がることでより鮮明に、より❛本当らしいもの❜をデジタル空間で見ることが可能になっていく中で、実空間で行ってきたことのより多くをデジタル空間で代替するようになってきた。
しかし、そのようなデジタル空間への移行とその解像度の向上は本当に私達の生活における解像度を高めているといえるだろうか。実際に目の前にある大切なものを見落とすことや、メディアの映し出すフレーム外の物に気が付かないことにつながってはいないだろうか。

また、このような時代において、そうしたメディアのフレーム的性質に加え、「AI」が参入することはどのような意味をもたらすだろうか。よりどこに「本物」があるのかわからなくなることも考えられるのではないか。
今回はそうした私達の生活におけるメディアの意味を問うことを目的としてこの作品を制作した。
作品としての特異性 (2. 常識をどのような面で覆しているか)
この作品における特徴は、機械学習を用いて作り出した画像そのものが作品ではない点にある。新聞のなかにいわば「ふつうに」AIの作り出した画像を紛れ込ませることで、実際の生活の中でも私達の気が付かないところに意識的か否かに関わらず編集された写真やAIのつくりだした世界がすぐそこに広がっている可能性を示唆することを目指した。
あらゆるメディアは伝達者やそこにある技術に依存し、もとの事実のあり方を大きく変えてしまう可能性を持っている。そうしたメディアの私達の生活における割合の増加が持つ意味について、RunwayMLの技術自体に焦点を当てるのではなく、あくまで、そうした技術も当たり前に存在する、「AIをも含む世界」という観点からメディアの意味を問うている。

本作品における新聞というメディアの意義
(3. なぜそのメディアを使ったのか?)
今回この作品を作るに当たり、様々なメディアがある中でなぜ新聞をモチーフに選んだのか。それは、新聞が最もメディアのフレーム的切り抜きの性質をもったメディアの一つだと考えたためである。
新聞における写真は、各記事の意図をより強化して伝えるものが選ばれ切り取られる。しかし戦場にも笑顔があり、先進国と呼ばれる国も深刻な環境問題を抱えているといったように、実際の物質的世界では、その写真が全てではない。その空間はフレームの外にも広がっており、また記事の文章とは裏腹な現実も抱えうるのである。
こうしたメディアの「フレーム的特性」を映し出すためには、新聞自体を私達の世界を見るための1つのフレーム付きのフィルターと捉えることで、特定のフレームを通すことで変わる世界の見方を表現できると考え、今回新聞というメディアを選択するに至った。
先端技術を使用した写真という形での作品ではなく、敢えて、それらを散りばめた動画という形で作品制作を行ったことは、例え使用したメディアがありふれた既存の技術でも、メディアの意味を問う上で十分に大きな意味を果たしていると考える。
最後に
今回作品制作を通じて、私達が日々触れている「メディア」について考えるなかで最も感じたのは、これらの形を捉えるためには技術ただそれだけについて考えるだけでは意味がないということであった。考えれば考えるほど人間のものの見方や伝え方が「メディア」のあり方を大きく変容させているように感じた。私達は、普段メディアという言葉を使う際、どこか他人事でその言葉に責任を押し付けてはいないだろうか。私達が私達自身のあり方について再考する必要があるのではなかろうか。
作品制作の中で、常に私達人間と技術の相互的な関係によってメディアが構築されていることを認識する必要性を強く感じた。
메타데이터
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