自己責任という言葉について
困窮した者に自己責任だと言い放つ権利があるのは、自然の中で誰に頼ることなく、ドングリなどを食って暮らす動物だけだと思います。
自己責任という言葉について
困窮した者に自己責任だと言い放つ権利があるのは、自然の中で誰に頼ることなく、ドングリなどを食って暮らす動物だけだと思います。
社会という掌(てのひら)の中において、困窮した他者に自己責任だと言い、自分は自己責任で生きているのだ、と言うのであれば、動物のように森の中で生きればいいのです。
と言うのも、森で暮らすことが無理で社会に属している、ということは、いくら成功した人であっても、社会の世話になっている、ということです。
むしろ、成功した人であればあるほど社会に大きく世話になっている、と言えるでしょう。それを否定し、我が身を削って成功を手にしたのだ、と言う人は、森で暮らせば自分の時間を我が身のためだけに使え、社会に留まるよりも、もっと成功できるはずでしょう(とぼくは思います)。
森で暮らせないか弱い人々が、互助を目的として築いた社会、というものの中において、自己責任などという概念は、本来成立し得ないものです。
少し譲って家の大小ぐらいは自己責任でも良いでしょう。しかし、家の有る無しまで自己責任で片付けるような社会なら、それは社会として全く意味を為さないものだと思います。
메타데이터
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- 2026-07-30 06:14:30