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〔探訪〕兵庫県3〔播磨〕

あるとき、播磨を日中適当にうろうろし、夕方、網干駅に着く。

Room No.0001 · 2023-11-05 10:37 · 21 claps · 19.0 min read
#japanese #travel #photos #hyogo #art
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〔探訪〕兵庫県3〔播磨〕

あるとき、播磨を日中適当にうろうろし、夕方、網干駅に着く。

何かがあるわけでもない。

すでに暗くなった通り、Google Mapと町内看板業者による日本のそこらじゅうにある実はちょっと駄目なやつを頼りに一通り歩く。ふいに、ここに泊まるのはありだなと過去に調べていた小さな旅館に偶然でくわす。網干こういう感じか、と把握したので、飾磨へ。

飾磨も網干同様何かがあるわけではない。

廃ジャスコのある飾磨名店街という、ほとんど廃墟の建物が駅の北側にあるので、一応ゆく。

現場系の宿泊客が目立つ安いホテルまで夜道を歩く。

偶然、古い建物が並んでいる通りを歩く。駅から20分。宿泊料金は安いが大浴場のあるこのホテル、夜は食堂が解放されていて、ご飯と味噌汁がフリー(朝食あり)。

狭いホテルの一室、とても遠くにきた気分になる。

霞がかかった町のなかを彷徨っているような気分になる。

[embed]〔探訪〕兵庫県 自分は、人類のことをどうやら非常に好きであるようだけど、現実というものがとにかく嫌いです。まあ、考えてみれば、現実が好きなら、虚構である「小説」を作り続けたりなどしないだろう。medium.com

[embed]〔探訪〕兵庫県2〔播但/加古川線〕 兵庫県を、姫路駅から播但線で和田山駅まで縦断する。medium.com

何の知識もなくそのような文章を読めば、この書き手はいったいどんな辺境を歩いているのだろうと感じられるかもしれない。しかし、実際は、自宅の最寄駅から飾磨駅まで1時間もかからない。山陽電車の網干駅から飾磨駅まで12分、飾磨駅から姫路駅まで4分。しかし、その流離った体験は以前青森駅から電車で40分前後の弘前駅へ出向いたときに感じた幽玄の感覚と同じ類いのものだった。

この体験を契機とし、この兵庫探訪3「播磨編」をつづる。

明治9年にまとめられるまで、但馬、丹波、摂津、播磨、淡路、その兵庫五国は、まだ兵庫県として一つではなかった(明治4年の廃藩置県では、まだ現在の状況ではなかった)。上の地図の明るい一帯が播州こと播磨国で、さらに西播磨・中播磨・東播磨・北播磨の4つの県民局に分かれている(ちなみに、神戸市西側にあたる、垂水区/西区/北区淡河町/須磨区の一部は、昭和16年と22年の神戸市編入まで、播磨の明石郡だった *参考)。

これを知って思うのは、例えば、兵庫県明石市を歩きながら、同時に播磨国を頭の中で上書きできるということだ。

想像力、つまり、連想の網目と、その枠外の幻視。

播磨は範囲も広く、さらに複数の市や町で構成されているため、集合化したイメージを持てていなかった。兵庫探訪1で、五畿七道の一つ山陽道を確認する地図も引きながら飛鳥時代まで遡っているが、そこでは次の箇所を巡っている。

西播磨。

兵庫の最西南、赤穂市。たつの市(本竜野駅付近)。宍粟市(比地の滝)。そこでは相生市、上郡町、佐用町を巡っていない。今回まずこの相生が未踏なのが気になっていて、その周辺を巡ってみた。

たつの市

たつの市

北播磨。

多可町(セントラルサーキットがある)、西脇市(日本へそ公園や横尾忠則収蔵岡之山美術館がある)、加東市、三木市、加西市、小野市(十割蕎麦を食べに出向いている)。三木市は2016年に隈なく歩いたが、北播磨は西播磨の北西同様、未踏がまだまだ多い。

[embed]〔探訪〕三木, 2016〔F1〕 神鉄に乗る機会があったので、よく知らなかった街、兵庫県三木市へ。medium.com

中播磨。

姫路市、福崎町、市川町、神河町。

東播磨。

明石市、加古川市、高砂市、稲美町、播磨町。

この中と東の播磨は姫路と明石以外馴染みがなく、今回ここも視野に入れている。高砂に関しては過去ここからボートに乗って家島諸島の男鹿島に出向いている。姫路に関してはベトナム人集住区域も。

稲美町、播磨町は、いまだ未踏。

天守なき明石城のある明石から船で淡路島へ出向ける。

[embed]〔探訪〕淡路島, 2018 自宅から淡路島が、大阪へ出るよりも近いと気づいて、ちょくちょく淡路島を探索しています(JR舞子駅からICOCAで高速バス。最北端の淡路ICまで10分ほど)。この淡路ICの近くには、ハイウェイオアシス、ニジゲンノモリがあり、歩いた限り、ここが…medium.com

姫路から播但線で北へ登り加古川線で折り返し加古川に到着する兵庫探訪2では、柳田國男生家のある福崎町と、神河町(寺前駅での乗り換えで近辺)を追加で歩いている。なので、中播磨は市川町のみ未踏。

姫路市

姫路市

福崎町

福崎町

電車で兵庫県を確認するなら、和田山より北の山陰本線や西側の智頭急行にも乗っていないが、とりわけ上図の赤矢印、北条鉄道、山陽網干線という二つの短い路線がずっと気になっていて、今回は、先に記した相生周辺と合わせてこれを軸にしている。

ちなみに、兵庫探訪2で衝撃を覚えた、JRであるにも関わらずICカードが使えない、上の路線図の白背景箇所は、今回出向いていない。東は明石近辺から、加古川、姫路、相生、そこから南側路線の播州赤穂まで。

魚住

魚住

東播磨

明石市、加古川市、高砂市、稲美町、播磨町。

明石市。

JR明石駅より東、徒歩圏内は、山陽人丸前駅、人丸とは柿本人麻呂のことで、この歌聖にまつわる柿本神社や月照寺(真言宗→曹洞宗)があり、周辺に古い家も目立つ。この飛鳥時代の歌人、あまり知らない。三十六歌仙の一人って通り名にときめく。「三十六歌仙 ビギナーズ・クラシックス 日本の古典」 (角川ソフィア文庫)を注文。

他に、明石市立天文科学館なども。

人丸前駅から西へ明石を越えて山陽魚住駅。

JR魚住駅は場所が違うので注意。

播磨灘での暴風雨がきっかけで住吉神社の発祥の地とされる魚住 住吉神社がある。光源氏が「明石の君」と出会った場所とも。紫陽花も有名。

播磨灘(はりまなだ)は、播磨海域が酷く難事が多かったのかと思えば、淡路島と小豆島の間、瀬戸内海東部の海域のことを単に指す。

普段使わないローカル色の強い山陽電車、あまり把握できていない。

本線の西代-姫路間と網干線がある。

細かく駅が並んでいる。未踏の地は多い。

記し損ねた駅では、林崎松江海岸駅などに降りたことがある。

大阪梅田から神戸元町は阪神、 神戸元町から西代は神戸高速、西代から山陽姫路は山陽本線。阪神電鉄を使って梅田発の姫路行き直通特急に乗ると山陽姫路に着く。ややこしい。阪急電鉄も絡んでくる。

高砂や、この浦船に帆を揚て、 この浦船に帆を揚て、 月諸共に出潮の、 浪の淡路の島影や、遠くなるをの沖過ぎて、 はや住の江に着にけり、

能「高砂」の有名な一節。

山陽高砂駅の周辺は、2021年の夜に初めて出向いていて(トップ写真)、2023年、祭り目的で改めて出向いた。歴史が保存されている景観の良い町。

夕次高砂浦 時風暴且寒 ――ゆうべに次やどる高砂の浦 時つ風暴あらく且かつ寒し

淡海福良満(『経国集』13巻、827年)

広範囲、なかなか活気のある祭り。

夜に溶ける。

高砂の東に流れる加古川を越えると加古川市。駅はJR。

加古川駅付近は、商店街が一つに、スナックビルなども少しある脇道が何本かで構成されている。三度歩いたが結局ぴんとこない町。ショッピングモールなども新しくできていて利便性は高い。

加古川一番街じけまち。

二番街、どこやねん。

加古川駅から加古川線で北へ2、3つ、神野駅、厄神駅の加古川越え付近に一度取材で出向いている。能舞台もある文化性を感じる平之荘神社、食堂のあるレトロ銭湯風(湯にはつからず)の加古川温泉みとろ荘、見土呂フルーツパークなど。加古川線は、車でないとなかなか厳しい。

加古川線、さらに北へ3駅ゆくと、北播磨は小野市の粟生に着く。

のだが、これは、加古川駅から。本数少ない。

40分待って現れた電車は一車両。

粟生駅はそのまま加古川線で北へゆく他、東へ神戸電鉄粟生線が走っている。そして、今回の目的、北西へ走る北条鉄道。

北播磨

多可町、西脇市、加東市、三木市、加西市、小野市。

北条鉄道は、粟生駅のある北播磨中心町小野市から北西、未踏の加西市、北条町駅へ。そこから先、電車で乗り継ぐことはできない。

終着点。

とはいえ、中国自動車道が通り、姫路、三宮、大阪へ高速バスが出ている。

この路線だけが目的なので、他に何も知らない。

粟生から、北条町へ。

そこに何かあるのだろうか。

期待はしていない。

網引。

手打ち駅前そば屋が気になる。

田原。

法華口。

国道372号線が走り、桜が見所。*参考

法華山一乗寺の玄関口とあるので地図を見てみたら、めっちゃ離れた山の中にあって驚く。一乗寺のホームページを見ると、車以外のアクセスは姫路駅やJR宝殿駅からのルートが載っていて、えっ?ってなる。

一乗寺には賽の河原があるらしい。

播磨下里。

長。

播磨横田。

駅にギャラリーがある。

北条町駅。

観光案内があったりもしたが、まぁ寺とか神社とかを巡る感じ。

時期的にアシナガバチがそこらじゅうにいて、怖い。

駅前にスーパーのあるショッピングモールがあり、買ったものの食べきれていなかった茶碗蒸しを温めようとしたら、店の人に注意される。

そういう印象。

全域歩くのがためらわれた程には、広い面積を持つ町。

点々とスナックがある。夜はどうだろう。

通りに、霞がかる気配はあるだろうか。

冒頭で記した幽玄の気配。

それは、土地の力がある場合は素敵だが(滋賀の彦根袋町などにそれを感じる)、歩く者の脳内で、その日の偶然の重なりあいによって形成されるパターンもある。幾らかの移動ルートを経て夜に宿泊でここにたどり着いた場合は、見え方がまた違うだろうことは想像に難くない。

もっと言えば、そのような文脈こそ物語作りの芯だ。

生きることは、その編集の有無で、他者と差がどんどん開いていく。

コンテンツはツールでしかない。それを知った上で制作者はコンテンツを作る。何らかの達観を、必要とする。

深遠の淵に落ちたい。

淵は狭間に入り口がある。

現世と播磨の狭間に落ちることを期待している。

中播磨

姫路市、福崎町、市川町、神河町。

姫路はちょくちょく出向いているが、姫路駅からバスで40分、そこから徒歩の太陽公園はテーマパーク。城のエリア白鳥城と、石のエリアがあり、姫路に多くの福祉施設を開いた門口堅蔵が旅行の難しい障害者に世界を見せたいと、石のレプリカで建物や遺跡を作った公園を1992年にオープンした、と素敵な設立への思いがオフィシャルサイトに記されている。

石のエリアは思いのほか楽しい。賢い人が気持ちを込めて設計している。

一方、唯一ある食堂の近くからモノレールで入場する城のエリアはエンターテイメント。カップルしかいない世界。

ところ変わって、山陽電車で姫路駅から飾磨乗り換え、初の網干線に乗って終点の網干駅へ。冒頭で記した町内看板業者による日本のそこらじゅうにある実はちょっと駄目なやつ。これは、日本総合標識社、三共標識社、日観広告、独協広告標識社、日広社、九州企画標識社といった業者によるけれど、網干駅付近にあるものは、有名な西武企画による。縮尺がおかしいが味のある地図。その実態は、掲載押し売りの集金によるらしい。

ちょっと気になる、ともゑ旅館側に名田忠旅館も。

途中見つけたスーパーで海の幸が色々おいしそうで、夕食用に購入。

そもそも、つげ義春「新版 つげ義春とぼく」だったかで室津が出てきて、それでたつの市は室津に行きたくて、一連の播磨探訪に繋がったのだ。

調べてみると室津には谷崎潤一郎や竹久夢二、井原西鶴、司馬遼太郎、平岩弓枝らも来ている。かつて栄えていた播磨灘の約1300年の歴史を持つ室津港。遊女発祥地として、伝説や悲話も。

かつて車に乗せられ牡蠣を食べに出向いているが、写真はほぼない。

網干は、この室津へ交通手段を使って出向くルートなのだが、バスで室津方面へ行き、そこからタクシーという強行ルートになる。が、今年2023年から、ただでさえ少ない平日のバスがほぼなくなった。

今でも宿泊可能な割烹旅館きむらやに電話確認すると、一週間前くらいに予約すれば、タクシー代の場合と大して変わらない有料の送迎をつけられるらしい(宿泊でも有料)。

ベストは車だが、ベターになると途端に室津遠い。

しかし、いつか泊まってみたいと、振り返ってみて思う。

飾磨駅まで戻り、初降り。

飾磨名店街の夜と昼。

冒頭、

〈狭いホテルの一室、とても遠くにきた気分になる。

霞がかかった町のなかを彷徨っているような気分になる。〉

そう記したけれど、そういう心象風景は、撮った写真を列挙した情報からは伝わらない。とても個人的な体験で、泊まったのはホテルアストンプラザ姫路だが、ここに泊まると幽玄を味わえる、なんてこともない。

たまたま、自分の心象が、霞漂う世界と接続しただけなのだ。

幽霊の正体見たり枯れ尾花。

横井也有の俳文集「鶉衣」にあるほぼ同じ句がルーツのたとえらしいが、幽霊と思って恐る恐る見ていたものが、実は枯れた〈すすき〉だったという話。逆に、枯れた〈すすき〉かもしれないものを、幽玄に接続させる編集の技によって幽霊がいるかのように世界を変えることもできる。

ここは兵庫県姫路市の飾磨(しかま)なのか。

自分は、江戸以前の播磨を流離っているのではないか。

錯覚を弄ぶのは愚かか。

しかしこれは、情報の外、体験の芯ではないか。

久しぶりに、自分の言葉で、フィクションではない自分の体験をこうして綴っている。これにも関係している。

誰か他者の言葉に溢れたネット時代。

想念は理路整然とした文法を持っていない。感覚の世界をセンスとロジカルな既成の文法、社会性で渡る。そうして、自分独自の言葉の連なりがどういう地場を持っていたかも薄れて消えていく。しかし、言葉の地場自体が現世と対照にあり、狭間を形成する。

兵庫探訪1の末尾で、〈現実にある骨格的な物事を、隣接世界へ移し替えていく作業でもあります。似た話、文学とは、商用日本語を切り崩すことだと捉えています。ゆえに、文学は、いつの時代も、個人なのです。〉と述べている。今、改めて同じことを考えている。

西播磨

赤穂市、たつの市、宍粟市、相生市、上郡町、佐用町。

今回の播磨シリーズ、最後の章。

JRを使い姫路駅から東へ20分ほどの相生駅。いったいどんな町なのか未知だったが、駅から南へ離れたところに短い静かなアーケードの商店街があり、その近くに空気のいい住吉神社がある。

ここより南へは歩かず。

飲食店がよく分からず相生ステーションホテル アネックスの食堂に入って昼食を。町は、とくにこれといったことはない。着いたときの、駅周辺の気分上がる感が一番ときめいたかも(旅先感がある)。

しかし、単に計画が頓挫した名残りだが、新幹線も止まる。そして、相生駅から西へ、JRは本線と赤穂線の二手に分かれる。今回使う赤穂線だが、途端に電車の本数が減る。もはやおなじみのパターン。

電車は使っているので実感はないが、随分と遠くにきた。

赤穂市の隣はもう岡山県だ。そういえば、岡山、広島、鳥取、島根、何かしら出向いているので、山口県にも行って中国地方探訪を綴るのはアリかもしれない。だったら、香川、徳島、高知には出向いているので、愛媛に行って四国地方探訪もアリかもだ。

JRで、相生駅から、西相生、坂越を通過し、播州赤穂駅。

ここは初ではない。

一つ言えるのは、飲食店が少ない。

飲食店が少ないのは、まあまあ地方ではあるある。

赤穂城をちゃんと奥まで進んだら結構よかった。

謎の赤穂玩具博物館。

市内循環バスゆらのすけで、隣の坂越駅(赤穂市)付近へ。

何も期待していなかったが、観光地化への頑張りが見られてとても良い。

休憩のため老夫婦による喫茶店に。

瀬戸内三大船祭りの一つが坂越であり、準備していた。

結構な数の観光客が来るらしい。

ちょっと不意打ちの観光。

このあと、東播磨は明石駅に戻る。

基本的に幽玄の感覚は、日が暮れてからの方が入りやすい。

明石にも幽玄らしさがかつてはあったが、開発とパンデミックの向かい風で少なくなった。7世紀に成立し、奈良時代の初期にはすでに「播磨国風土記」が書かれている播磨、西暦と並行し元号が続くように、今も兵庫県の裏側で使われ続けている。

そういう、一枚岩ではない世界が好きだ。

[embed]【INDEX】探訪する medium.com

夜の町が好きだ。探訪記は去年4月の長崎で止まっていたが、小説制作の取材も含み、沼津、金沢、徳島、名古屋、倉敷、滋賀(甲賀)、色々と出かけている。横浜、広島、奈良、青森、京都。綴っていない場所も多い。

ここまで6500文字程度のようだが、ブランクがあると、5000文字くらいはこうして打ち続けないと、自己の声の地場は戻ってこないようだ。社会と対照の位置にあるゆえに、深遠の狭間を形成させうる自己の声の地場

奇妙な話だが、声の重力が、現世の重力から人を解放させる。

例えるなら、社会から声へ、地という足場が変わるのか。

その足場の上で生きることは、若ければ、現世が軽いためにたやすい。あらゆる時の流れや現世の律を知るごとに、重力は人の域を超える。

だから、当然、人であることを棄てなければならない。

そんなわけはない。

人でありつつ、人を超えること。

であるなら、これは技術の話だ。

_underline, 2023.11


메타데이터
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2026-07-24 23:44:46