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[書評]『CODE VERSION2.0』Lawrence Lessig|今考えたいインターネット倫理の基礎

インターネットの匿名性・言論の自由・著作権・プライバシー…は守られるのか

福本 晃之 | Teruhisa Fukumoto · 2020-08-31 01:19 · 7 claps · 12.6 min read
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Wiki topics: UX · UI/UX Design ⚖️ · Law & Justice

[書評]『CODE VERSION2.0』Lawrence Lessig|今考えたいインターネット倫理の基礎

インターネットの匿名性・言論の自由・著作権・プライバシー…は守られるのか

物理本ほしかったけど、高いのでKindleにした…

物理本ほしかったけど、高いのでKindleにした…

みなさんこんにちは。医療系のベンチャーでエンジニアをやっている福本です。

今日は久しぶりに書評ブログを書こうと思います。題材はローレンス・レッシグの『CODE VERSION2.0』です。結構古い本で、出版は2006年。

[embed]CODE VERSION2.0 Amazon.co.jp: CODE VERSION2.0: ローレンス・レッシグ, Lawrence Lessig, 山形 浩生: 本amzn.to

ライブドア・ショックが2006年なので、日本だと物好きな若者やおじさんがインターネットのユーザーになってたくらいの時期かな。Winnyが騒がれてたのもこの年ですね(そりゃ歳とりますね…)。

そんなインターネット勃興期、政府や巨大企業がコードを自分の意志でコントロールしたがる(する)ことを予測し、レッシグお家芸の法学と照らし合わせてインターネット倫理の議論を進めたのが本著です。

ちなみに、本エントリ記事の内容は、9月13日の『UX MILK ALL Night』イベントの登壇でコラムとして盛り込む予定のものでした。

しかし、資料を作っていくうちに本編が大作になったのと、内容的にエシカルなコラムを盛り込む雰囲気でもなくなってきたので、ブログとして切り出したものになります。

現時点でのスライド表紙ラフ。BtoBtoCはテーマでethicsコラムは無理があった。

現時点でのスライド表紙ラフ。BtoBtoCはテーマでethicsコラムは無理があった。

UXの背景は抜きにしても、昨今の社会的な”匿名アカウントの誹謗中傷”や”プラットフォーマーのエコシステム形成”あたりを議論する上でとても参考になる本だったので、今回記事で紹介していければと思います。

[embed]SNSの匿名性が問題、法規制必要75.5% : 18歳意識調査 今の高校生・大学生は子どもの頃からスマートフォンが身近にある生活をしていたデジタルネイティブ世代。彼らにとってSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)もまた、なくてはならないツールだが、SNSでの誹謗中傷などの被害を防ぐためには、法…www.nippon.com

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冒頭の引用

本書は無政府状態のサイバー空間からコントロールのサイバー空間への変化について語る。サイバー空間がたどりつつある道を眺めると――これは第一部で説明する発展だ――サイバー空間の創設時に存在していた「自由」のほとんどは、将来は取り除かれることがわかる。もともと根本的なものだと思われた価値は、生き残らない。われわれの選んだ道では、サイバー空間は再構築されることになる。その再構築の一部を、多くの人は喜ぶことだろう。でもその一部は、誰もが後悔するものとなるはずだと論じたい。 だがこれから描く変化を歓迎するにせよ後悔するにせよ、それがどのようにして起きるか理解するのは重要だ。 ― 『第一章コードは法である』

思考実験

本著の特長のひとつに、”思考実験の材料が豊富に用意されている”というものが挙げられます。

これによって読者に考える余地が残され、インターネットにおける自由(とそれに伴う責任)を議論する土壌になってます。また、この特長は、後述する筆者の主張「不完全さに価値がある」にも通ずるものがあると感じました。

以下は、そんな思考実験の材料の例です。

かぎまわるワーム

”ワーム”というのはウイルスのようなもので、ネットを通じて不用心なコンピュータのシステムに入り込み、不正文書を所持していないか捜索するプログラムのことです。「法を犯した悪人以外、まったく不利益を被らない侵入捜査ワーム」は、法律違反な存在になり得るでしょうか?

コードを書いたのはFBIで、FBIは国家安全保障局(NSA)所属の文書を探していると思ってほしい。(中略)ネット上に繁殖して、入り込めるあらゆるハードディスクに入り込む。ハードディスクに入ったら、ディスク全部に検索をかける。そして問題のNSA文書を見つけたら、見つけたよとFBIにメッセージを送る。見つからなければ、自分自身を消去する。そして最後に、このワームは以上すべてを、マシンの操作をまったく「妨害」することなく実行できるとする。誰もそれがそこにいたとはわからない。(中略)このワームは、憲法違反だろうか?

境界線

ある女性が、有毒な成分を持つ花を自分の庭で栽培していて、自分の庭に勝手に入った隣の家の飼い犬がその花を食べて死んでしまったとします。この問題の対策として何が適切でしょうか?自分の庭で何を作るのも自由です。有毒の花の栽培を規制するか、犬が他人の庭に入ることを制限するか、それとも…

マーサは花を栽培していた。(略)美しくても、それは有毒だった。(略)マーサのご近所ダンクは犬を飼っていた。ダンクの犬は死んだ。そしてもちろんその犬が死んだのは、マーサの花の花びらを食べたからだ。(略)「なんだって致死性の花なんか育てなきゃいけないんだよ」とダンクは柵ごしに怒鳴る。マーサは怒鳴り返した。「犬が一匹や二匹死んだからって、なんだってそんなに怒るのよ。犬なんかすぐに取り替えればいい。それにそもそも、死ぬときに苦しむ犬なんか飼わなければいいじゃないの。苦しまない犬を飼いなさいよ。そしたらあたしの花びらも害にはならないでしょうに」(略)われわれみんな、制限のある場所に生活を築き上げる。われわれみんな、ときには失望させられる。ダンクとマーサだって、どこがちがうというのか?

コードの規制

以降では本著の主張をかいつまんで説明します。先ほどの思考実験を解く際に、まず考慮すべきなのがコードです。

インターネットの倫理を考える際には「インターネットとサイバー空間における”ふるまい”の規制は、おもにコードを通じて適用される」という点に気をつけなければなりません。

インターネット上の場所やふるまいの違いは、あくまでコードの違いでしかない…と。これは少し考えればわかることで、例えばTwitterで140文字以上のツイートができないのは 、Twitter社がそういうコードを書いているからですよね。

規制可能性

本著はそこからさらに一歩踏み込んで考えていて、規制やふるまいがコードの性質に依存しているのなら、「規制しやすいアーキテクチャのコード」は、政府や権力の影響を当然受けやすくなる。そして、コードに対する嗜好も政府や権力が決める、ということになります。

政府権力のことを心配する人々にとって、この規制可能性に関する事実は脅威となる。政府権力をどうにかしようとする人々にとって、これは現実だ。一部の設計は、ほかの設計よりも政府の力を増す。設計によって、政府がどんな力を増すかはちがう。どれかの設計が、ほかのを押さえて選択されなくてはならない。 ― 第二章『サイバー空間からのパズル四つ』

裏を返せば「規制しづらいアーキテクチャのコードは、政府や権力の干渉をうけづらい(≒匿名性や自由を守ることができる)」ということになり、これが後の「不完全さの価値」の主張に繋がります。

規制可能性の低いインターネット

さっきから規制, 規制と連呼してますが、そもそも規制(つまり、何かをコントロールすること)を正確に行うために、対象について3つのことを知る必要にがあります。

きちんと規制するには、⑴その人が何者か、⑵その人がどこにいるか、⑶その人が何をしているか、を知る必要がある。

しかし、これらを知る難易度を高度化したのが、当初のインターネットの設計ですよね(よくある「国外にサーバがあったら日本の法律で規制できない」的な話もコレ)。これによって、少し前までのインターネット社会では、先ほどの”規制可能性”が低い状態になっていました。

誰を, 何を規制すべきか

ここで、別な問題が提起されます。「対象を直接規制できる可能性が低いのであれば、何をどう制約すればいいのだろう?」という問いに行き着きます。

法律や規範とコードの大きな違いのひとつは”主観化”、つまり「制約されている人間が制約されていることを知らなければならない」、というところでしょう。誰も知らない法律や罰則は、対象を規制する抑止力にはなりません。

[embed]目的刑論 目的刑論(もくてきけいろん)とは 刑罰 は犯罪を抑止する目的で設置される性格を持つという考え方を言う。目的刑論は一般予防論と特別予防論に分けることができる。 一般予防論(いっぱんよぼうろん)とは刑罰論における 刑罰 ...ja.wikipedia.org

しかし、コードは違います。140文字以上のツイートができないことをユーザーが知らなくても、Twitterに140文字以上の文字を投稿することはできないのです。

コードやアーキテクチャ上の制約は、規制の対象者の「⑴何者で、⑵どこにいて、⑶何をしているか」という3つのことを知ろうが知るまいが、機能することに特長があります。

なので、規制の対象者それ自体ではなく、コードやアーキテクチャの方を規制するインセンティブが政府には生まれます。本書内では、カーステレオの盗難を規制することを例として挙げています。

たとえばカーステレオの盗難が問題になったとしよう ―― (中略)一つの対応としては、カーステレオ泥棒に対する罰則を強化して、泥棒が直面するリスクが大きすぎて、この犯罪が割に合わないようにすることだ。カーステレオ泥棒くらいで終身刑。もしカーステレオ泥棒が、盗むたびに終身刑の危険にさらされると認識したら、カーステレオを盗むのはもう割にあわないだろう。刑罰の脅しが作り上げた制約は、止めたいふるまいを防止するのに十分なものになったわけだ。でも法律を変えるだけが唯一のやり方ではない。二番目の方法として、カーステレオのアーキテクチャを変える手がある。カーステレオメーカーがラジオのプログラムを変えて、特定の車でしか使えなくしたらどうなるだろう―。ステレオが取り除かれたら、もう機能しなくなる。これはカーステレオ泥棒に対するコードによる制約だ。盗まれたカーステレオはもう使えなくなる。これもまたカーステレオの盗難に対する制約として機能する。

ここで重要なのは、「アーキテクチャに対しての規制は、罰則の強化よりもコストが格段に低い」ということです。刑法に変更を加えると国民全体に影響が及びますが、アーキテクチャに対する規制ではカーステレオのメーカーにしか影響が及びません。

影響範囲が小さい方が良い、というのは昨今のソフトウェア開発の基本理念とも重なります。コードやアーキテクチャに規制を入れたほうが明らかに効率的そうです。

”あいまいさ”と法定

ここまでで、「コードやアーキテクチャは、放っておけば規制されやすいものになるだろう」という説明をしました。

しかし、冒頭の「かぎまわるワーム」や「境界線」の思考実験について、規制を行う者が答えを出せるだろうか?その答えは、関わる多くの人が納得の行くものだろうか?

ここで、憲法をはじめとした法の「あいまいさ」が浮き彫りになる。ワームを例に出せば、「勝手な侵入は人の尊厳に反する」という見方もできるし、「違法でなければ妨害性はないので十分合理的だ」とも取れるでしょう。

つまり、既存の規定や法律はあいまいで、価値観によって答えが変わることが露呈したのです。さらに残念なことに、「あいまいさを裁断する機関が存在しない」のが現状です。

実際には、例に出されたワームや有害な花はこの世に存在しないので、今はその矛盾に誰も向き合う必要がありません。

これは言い換えれば「憲法や法の下でのアーキテクチャの仕組みの価値は、皮肉にもアーキテクチャ自体が発展途上であることによって保存されているとも取ることができます。

裏を返せば、憲法や法の価値はインターネットやテクノロジーによって失われるということになりますから、ますますコードを規制したい動きは止まらないだろう…というのが著者の主張です。

”完全”とは”不完全”に宿る

「じゃあ、どうすればインターネット上の自由は守られるの?」という問いに対する最終的なレッシグの結論は、「アーキテクチャ内に欠陥を意図的に作る必要がある」というものです。

ちょっと分かりづらいのでTwitterで例を上げると、こんな感じです。アーキテクチャが不完全であることそれ自体が存在価値になるということで、それを保つ必要があります…と。

Twitterでの匿名性は不完全で、法的な請求によってアカウントの情報は開示される。このおかげで、Twitterは法的にあるいは社会的に潰されることなくこの世に存在している。
→ もしTwitter社が完全な匿名性を開発して、アカウントの情報が開示されても個人を追跡できなくなれば、誹謗中傷などの犯罪を取り締まれなくなるため、法的あるいは社会的にTwitterは排除されてしまう。

なかなか皮肉ですが、とても面白い着地点じゃないかなと思います。”完全なる不完全 (Imperfection Is Perfection) ”って、ファッションのJean Paul Gaultierも言ってたりしますし。

それにしても、サービスを作る側としては、「システム上の欠陥とは何か(定義)」「その欠陥は対処できる範囲か(対処可能性)」という部分を考えて実装するのがとても難しそうで…インターネットと法律の関係の微妙さをあらためて感じました。

さいごに

書籍に関する部分は以上で終わりです。

かなり抽象的な概念を説いている本なので、理解しながら読みすすめるのがすごい大変でした(ていうか理解できてるか不安…ツッコミあればぜひ)。

しかしながら、倫理や道徳なんて基本そんなものなので、サービスを作っていく身としては、こういった議論にはしっかりと付いていきたいなと思っております。

あ、冒頭も言ったとおり、イベント登壇も控えているので、気になった方はぜひ遊びに来てください。いつか、こういうエシカルな内容も話したいなー。

[embed]UX MILK All Night | デジタルなUXに関わるすべての人のためのUXデザインフェス TIMETABLE SPEAKERS TICKET ABOUT 「UX MILK All Night」はデジタルにおけるUXデザインについて考え、語り合い、向き合うためのオンラインフェスティバルです。…www.uxmilkallnight.com

私の登壇タイムは2日目の午前10時(トップバッター!)なので、参加しやすいかなと思います。ではでは。


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2026-07-28 20:55:12